烏あれこれ@熊野神社神幸祭:2026年4月29日。

丸太町東大路北西角にある熊野神社の神幸祭で見かけた烏を。最初は門扉。
2026.05.03熊野神社 (5).JPG
次は、神幸列出発前(12時過ぎ)の様子。左手に神職、熊野少年勤王隊が待機中。
2026.04.29熊野神社神幸祭 (3).JPG
次は、上の画像の唐破風の上部の烏。これは以前にもUPしました。
2026.05.03熊野神社 (1).JPG
その下の軒にも、親子らしき烏が3羽。
2026.05.03熊野神社 (2).JPG
左右に下がる提灯にも烏。目が大きく可愛らしい。
2026.05.03熊野神社 (4).JPG
約15分の神事後、神幸列(行列)は神社を出発。12時35分過ぎ、聖護院へ。
2026.04.29熊野神社神幸祭 (17).JPG
上の画像、錦の御旗の後ろに白熊(はぐま)のお子4人。次は児武者(こむしゃ)。
2026.04.29熊野神社神幸祭 (22).JPG
熊野少年勤王隊に続く、今年の児武者は1人で女の子。その背中の旗にも烏が。
2026.04.29熊野神社神幸祭 (55).JPG
太鼓・猿田彦(天狗・導山)の後に獅子。続く宝具(幡=はた&盾等)にも烏が。
2026.04.29熊野神社神幸祭 (27).JPG
次は、上の画像右奥の盾に見える烏。チョッとピン甘画像ですが。
2026.04.29熊野神社神幸祭 (68).JPG
続いて、錦蓋(きんがい)・菅蓋(かんがい)、そして神輿が門をくぐります。
2026.04.29熊野神社神幸祭 (30).JPG
そして、宮司さん(左手前)と神職(奥・禰宜さんかな)も。
2026.04.29熊野神社神幸祭 (31).JPG
先に入って門の片方に置いた、菅蓋(左)・錦蓋(右)を左右に分けます。
2026.04.29熊野神社神幸祭 (33).JPG
こちらが錦蓋。上の金の烏と瑞雲、下に黒い烏。
2026.04.29熊野神社神幸祭 (57).JPG
菅蓋は全体の意匠が異なりますが、同じく上に金の烏、下に黒い烏。
2026.04.29熊野神社神幸祭 (78).JPG
ということで、神幸列のメンバーが整列し、聖護院で神仏習合の儀式です。
2026.04.29熊野神社神幸祭 (44).JPG
右に聖護院門跡門主、左に熊野神社の宮司さんと神職。
2026.04.29熊野神社神幸祭 (46).JPG
次の画像は、儀式中の太鼓担当の法被(黒)と神輿担当の法被(白)の背中。
2026.04.29熊野神社神幸祭 (52).JPG
「熊野少年勤王隊父母の会」の皆様の背中にも烏が。
2026.04.29熊野神社神幸祭 (54).JPG
京都では神仏習合の様子を各所で見かけますが、これもその1つ。で、終了。
2026.04.29熊野神社神幸祭 (80).JPG
門内は徒歩だった神職も、門の外は騎乗姿で神輿を先導。最後は宮司さん。
2026.04.29熊野神社神幸祭 (83).JPG
白馬がカッコ良い!…ということで、最後は本殿に飾られていた剣鉾。
2026.04.27熊野神社剣鉾 (2)70.JPG
行者橋、剣鉾好きですので錺(かざり)部分の大写しを。
2026.04.27熊野神社剣鉾 (5).JPG
なお、神武天皇東征の道案内をしたとされる八咫烏(やたがらす)ですが、『記紀』には3本足の記述無し。平安中期(930年代)の『倭名類聚抄』が初出とか。

この記事へのコメント