土解祭@上賀茂神社(後篇):2026年4月3日。
土解祭(とげさい)のUPは、初めてなのでチョッと丁寧に(本当はしつこく:笑)。
馬場殿前で弓矢での稲束の祓えを終えた関係者が、11時10分に細殿前へ。再び、お2人の神職が細殿前の「坪の内」の円座(わろうだ)に着座。卜占(ぼくせん)によって選ばれた中稲(なかて)が、脱穀をする神職の手に。次は神事終了後の画像。弓の中の2つに割れた竹が脱穀用の扱箸(こきばし)。ちなみに、右は「稲種勘文」。柱が遮ってますが、もうお1人の神職にも稲束が。次は、最初の画像同様、上の神職が穂先から籾を扱箸でこそげ落している場面。千歯扱を使った経験もある行者橋、(それ以前の)扱箸での脱穀の実見は初めて!上の画像のように、脱穀した籾を入れた藁の小籠を榊に吊り、二の鳥居の外へ。少しだけ境内を回って戻ってきますが、この動作の意味は不明です。関係者が見守る中、榊と種籾が元の位置に掲げられて神事終了。この種籾は、五穀豊穣を祈願する6月の御田植祭で使われる訳ですね。土解は、春の日差しで土地が作付けに適してくる時期のこと。神職が退場。神職・関係者の皆様は、二の鳥居をくぐって右に折れ、社務所に向かいます。その後、社務所前で直会(なおらい)のお神酒をいただいて、解散です。その間に片づけ。立砂を囲む縄を元のように張る係の方。次の画像は、左から早稲(わせ)・中稲(なかて)・晩稲(おくて)。上の画像奥左では、双葉葵を苗を販売中。1ポット1000円。土解祭は、稲の開花と実りを祈る水口祭(みなくちさい:苗代祭)の1種。最後は、3月10日に11代目神山号となった「フジノタカネ」(少し小柄・9歳)。御田植祭は奈良期の記録が残るそうですが、土解祭は奈良期以前からとか。同様の神事は、4月12日の伏見稲荷大社での水口播種(はしゅ)祭でもあります。
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