名前が「北野祭」に変わっても「ずいき神輿」は残ってます!:2025年10月1日。
秘かな「勅祭」復活の野望(笑)のためか、北野天満宮では「ずいき祭」の名を「北野祭」と変えましたが、「ずいき神輿」は北野神社御旅所に。まずは、「歌舞伎 藤娘」。
御旅所は西大路通と上ノ下立売通の交差点(西大路妙心寺道)の1筋西の佐井通角。少し分かりやすく言うと(笑)、北野中学校の裏。ずいき神輿は正面が南向き。まずは南面。欄間(鳥居の上)には「巌流島」。桂馬(鳥居の奥)には「燕」。ご存じ、宮本武蔵(左)と佐々木小次郎(右)。その上には道真ゆかりの黒牛。燕は、佐々木小次郎の得意技とされる「燕返し」からの連想かな。次は東面。欄間は「パンダ」、桂馬は「アンパンマン」。その下は雪山か。最初は単にパンダと呼ばれたレッサーパンダが、チャンといるのが素晴らしい!以下、少しずつ北野祭とずいき(瑞饋)祭の関係を。右上はカレーパンマンですね。次は北面。映画『国宝』関連の「歌舞伎 藤娘」と「鬼滅の刃」で、映画繋がり。北野祭の起源は、987(永延元)年。一条天皇の勅使が派遣され始まった祭典。炭治郎の髪の毛は、煉獄さんが少し入ってますね。次は西面。「善玉悪玉図-心学早染艸-」は大河ドラマ『べらぼう』関連と見ました。北野祭巡幸列は応仁の乱で衰退。で、ミャクミャクの下には、何故か蜘蛛の巣。明治初年、例祭渡御復興時にずいき神輿が行列に入ります。で、子供神輿北面。上下の北面が正面。お子様に人気のミッフィー。桂馬はメラニーとか。続く2枚が東面で、ハムスターなのでしょうか、詳細不明。特に欄間が…。本来、西ノ京地域の収穫祭のずいき祭が、明治に例祭渡御行列と融合した形に。
次は北面。2枚とも『ジュラシックワールド』。草食&肉食恐竜。で、再来年の神輿完成の暁には北野祭巡幸のメインに新神輿を据えるようです。北野祭神幸祭・還幸祭の日程も、再来年以降は9月になるとか。で、西面。タコ焼き屋さんのテントで真正面からの撮影不可。欄間も桂馬も「ミニヨン」。慶長年間に起源を持つずいき神輿が、再来年、北野祭と一体化するかは不明。
この記事へのコメント
今度、北野天満宮に行ったら、問い合わせの件を神社の方に聞いておきます(笑)。元々、違う由来を持つお祭りですので、本当に分離してしまうかもと…行者橋は若干、真剣に心配しています。