聖母女学院本館見学・①外観篇:2025年5月26日。
1ケ月程前、聖母女学院本館と記念室を見学して参りました。以前、本館のクリスマスイルミネーションを拝見したことはありましたが、今回はじっくりと。
本館は、1908(明治41)年に建てられた旧・陸軍第16師団司令部庁舎。上の画像の撮影地点の左手に、復元された「歩哨舎」。守衛さんのボックスです。で、本館中央を正面から少し大写し。重厚感を醸し出す2本のイオニア式石柱。フランスに本部のあるカトリック系修道会が創立した学校なので、マリア像が。「ヌヴェール愛徳及びキリスト教的教育修道会」とのこと。で、マンサード屋根。銅板葺の屋根の奥に暖炉の煙突。手前に半円のドーマー窓。三角破風には校章。純潔を象徴する、フランスに伝わる想像上の動物・エルミン。次はその下。西洋建築で見かけるデザイン。が、詳細不明。横のイオニア式の柱頭部は渦巻。ドーリア式(鏡餅)・コリント式(アカンサスの葉)等も習いましたね。次は赤煉瓦。イギリス積みで、黒い塗料の跡は戦時中の空襲除け。次は、玄関の真下から。要石等の花崗岩と赤煉瓦の紅白のコントラストが美しい。次は建物の右半分。屋根の上にはマンサード窓が並びます。建物の端の窓の仕様が格調高い。グルっと回り込んで、出入り口のある側面をやや後ろ側から。続いて、案内の方が裏側からも見学させて下さいました。右は小学校校舎。たまたま、避難訓練中だったので1周する予定は中止。少し大写し。さらに大写し。マンサード窓や暖炉の煙突の下部の様子がよく分かります。外観篇の最後は、正門脇の道路ぎわにある「陸軍」の文字が読める石標。ということで、内部篇に続きます。
この記事へのコメント
聖母女学院本館の写真UP有難うございます。
この前は何度も通ったことがありますが、その度に
フィリピンレイテ島で壊滅した第16師団の悲劇的な
最後を思い出しています。ほんとに愚かしい戦争でした。
また、東条大将を東条上等兵と公然と呼び、太平洋戦争の敗北を
予言していた石原莞爾が現役最後の時、師団長をしていた事も
思い起こしています。それにしても重要文化財級の建造物です。
聖母女学院本館の見学では、丁寧な説明をされる女性の方が質問にもしっかり答えて下さって、色々と理解することができました。
また、京都・深草の地が一代軍事拠点であったことがよく分かる、コンパクトながら要を得たパンフレットもいただけました。その中には、ご指摘の石原莞爾の他、プロペラ髭の長岡外史・梨本宮守正王等の師団長名が挙がっていました。
第16師団が壊滅したレイテ島の戦いは、(陸・海)軍内部の方針に統一性の無かったことが悲劇を呼んだと、記憶しています。多くの京都出身の方々のみならず、亡くなった皆様のご冥福を祈るばかりです。